未来へつなぐ元気のバトン、今回は2021アフリカエコレース参戦を決意表明したオグショー代表、小栗伸幸さんです。

未来へつなぐ元気のバトン、今回は2021アフリカエコレース参戦を決意表明したオグショー代表、小栗伸幸さんです。
現役時代は全日本NAチャンピオンを経て、モトクロス国際A級にまで登りつめ、引退後は日本初の「トランスポーター専門店」を地元である浜松で起業。
会社が軌道に乗ると同時に海外ラリーに参戦を始め、パリダカ、UAE、オーストラリア、バハ1000、モンゴルなど、世界を舞台にラリーストとして活躍されてきました。
来年55歳をむかえる小栗さんが、なぜ今パリダカを目指すのか?それを決意した理由、大好きな遊びの世界と大切な仲間の存在などについてお話をうかがいました。

トランスポーター専門店オグショー代表 小栗伸幸さん

いくつになっても夢を追い続けたい

レーサーになって歴史に名を残したい

バイクと出会ったのは、小学校高学年のころ。親父に頼んで、天竜川の河口で開かれたサンドバギーのイベントを見に行ったときです。イベントの昼休み、世界チャンピオンの渡辺明選手をはじめとするスズキのファクトリーライダーがデモ走行をしました。サンドバギーより速いスピードで、砂浜を自由自在に走るライダーたち。そのとき感じたのは「バイクは軽いんだから、速く走れて当然だ」ぐらいの感覚でした。というのも、当時の僕は、バイクよりクルマのレーサーを夢見ていたからです。授業で歴史を勉強したとき、なぜか「レーサーになって歴史に名を残すひとになりたい」と無性に思ったのがきっかけでした。
高校生になり、貯金した30万円を持って訪ねたのはレーシングカートショップ。しかし、そこで言われたのは「それじゃあ足りないな、50万円貯まったら来なよ」という冷たい言葉。ショックで打ちのめされた僕を救ってくれたのは、モトクロスを始めていた同級生でした。同級生の世話になっているバイクショップに行くと「中古のレーサーなら何とかなるかな」と言われ、その日のうちにバイクとウェア一式を手に入れました。親には内緒でしたけどね(笑)。
でも、まだ僕は「バイクはクルマのレーサーになるステップ」ぐらいの気持ちで、自信というか、変な思い込みの塊だったですね。バイクを手に入れてすぐ、リュックに予備のガソリンを入れて、天竜川の河口を目指しました。小学校で見たデモ走行を再現してやるという自信満々の気持ちでした。いざ走り出すと、砂地にタイヤを取られて進まない、エンジンは止まってしまうと、デモ走行のような走りなんて全然できません。そんな自分が悔しくてたまらなくなり、「バイクで誰よりも速く走れるようになってやる」と火がつきました。そこからですね、バイクにのめり込んだのは。
全日本を走るようになっても、お金のない僕は、周りの誰よりも環境が整っていなかったです。タイヤも先輩のお古を拾ってきたり、ゴーグルの捨てレンズもコースに落ちているのを洗って使ったり。タイヤは僕のことを見かねた先輩が、わざと捨てて使わせてくれてたんですね。バイクのセッテイングにしても、何にもしてなかった。それでもチャンピオンになれたのは、自分の強い思い込みがあったから。人より遅かったら、マシンのせいではなく、自分の腕がないだけ。速くなれないはずがないって思って、とことん練習しました。その頃は砂地では小栗と一緒に走りたくないって言われたりして。それも、これも自分の思い込みの強さがあったお陰かなって思っています。

▲ 道なき道を砂煙をあげて疾走する。ラリーは経験と冷静な判断が求められるスポーツだ。

▲ 日本では味わえない雄大な大自然を走るのも海外ラリーの醍醐味。

▲ 普段は明るく陽気な小栗さんも、ラリーで見せる表情は真剣そのもの。

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